金曜倶楽部

食物語。

屋台で感じた博多の性分

俺は福岡で生まれ福岡で育った。ツヤをつければ“博多っ子”というやつだ。f:id:fridayclub:20170912164741p:plain

 先日、俺は屋台で飲んでいた。福岡の屋台にでも行けば当然同じ福岡の人間と顔を合わせてお酒を飲むことになる。学生からサラリーマン、ミュージシャンから年金のじいさんまで世間話の内容も様々だ。昨日はその中に観光で来たお客さんもいたわけだ。なぜか俺たち福岡の人間は旅行客をもてなそうとする。また来てくれるよう、福岡を好きになってくれるようにサービスをする。この衝動はなんだ。

   博多は中世の時代から国際的な貿易都市として栄えていたため、客をもてなす性分はこの頃から根付いたのだろうか。

ビジネスで取引相手と良い人間関係を築くためにはどうするのがいいのかと言うと、ズバリ“遊ぶ”ことらしい。観光客のアンケートで福岡の好きな所というのが、「飯が安くて美味い」「女性が綺麗」という意見が集中したようだ。県民として鼻が高い。つまり接待には美味い食べ物に美味しい酒、中洲のお姉ちゃん。これで正解なんだろう。さらに相手に気持ちよく、居心地のいい旅にして欲しいあまりに軽口(リップサービス)を言うことがある。これはこれで鼻が高くなってしまう。(ピノキオ的な)

そんなサービス精神がまさか、福岡の嫌いな理由の第一位、「口先ばっか」に繋がるとはなんたる悲劇か。

 

 兎にも角にも、博多は“もてなしの町”なのだが、江戸時代までは『福岡』と『博多』というのは別の町として互いに独立して成り立っていた。もてなしていたのは博多であって、福岡ではない。福岡と博多が合併して『福岡』となったのは明治維新後の“廃藩置県”でのことだ。

 

 博多は邪馬台国時代から数えると2000年の歴史。商業が盛んになった室町時代の日宋貿易から数えても1000年は超える歴史を持つ。一方、400年ほどの歴史しかない福岡の二つが合併したのだ。福岡にも文化や習慣があったにせよ、歴史的に長い博多に影響されたと考えても不思議ではない。

  名は体を表すとは言うが福岡にはどうも当てはまらないらしい。この来客をもてなそうとする気持ちは間違いなく博多の性だ。福岡の人間であってそうでない。内実は『博多』だ。

 

 基本的に福岡の人間は地元愛が強いと感じる。がしかし、県民性にはやや統一感がないようにも思える。人間である以上“性格”も加味しなくてはならないのもあるが、出張や転勤で根付いた人もいるだろうからね。

もてなしの町と言えど、ケチな人もいる。だからこそ、福岡の人間にとっては面白い発見になるかも知れない。旅行で来た人間に対し、抑えられないサービス精神が吹き出るならその血は博多のものではなかろうか。

自分のルーツを知るきっかけになるかも知れない。