金曜倶楽部

食物語。

移民from親不孝

福岡には『親不孝通り』と言う200mほどの通りがある。

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先日行った屋台がこの通りにある。

名称の通り、夜になると血気盛んな若者で賑わう。ROCKやHIPHOPに精通したクラブ街として栄えているのでどうしてもBADBOYたちが集まるのだ。

あまり知られていないようだが、“親不孝通り”と言う名前の由来は、夜な夜な柄の悪い若者が朝まで賑わっているからと言うことではなく、家計に余計な負担を与える『予備校』がいくつも建っていたため“親不孝通り”と言うのが由来だ。今では少子化に伴い予備校も潰れ、地名の言霊の力もあってか治安はあまりよろしくない。

街のイメージ回復を狙い、名前の変更するよう運動が行われ“親不孝通り”→“親富孝通り”になった。

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しかし、街は廃れる一方で結局「昔のような賑わいを戻したい」「名前が変わると思い出がなくなるような気がする」と言う意見が多く、今年2017年2月、17年ぶりに“親不孝通り”が復活した。俺もこの名前が気に入っている。

まだ俺がギリギリ10代でクラブで遊び回ってた頃、一升瓶を片手にベロベロで歩いてる先輩とすれ違ったことがあり、「お疲れ様です」と後輩らしく挨拶すると

「疲れとらんったい!!」とブチギレられて一升瓶を投げつけられたことがある。ひどい話だ。修羅の国は伊達じゃない。

 

 屋台での中年サラリーマンに聞いた話だと、景気がいい頃は経費で飲み食いできたため親不孝通りも潤っていたらしいが、景気が落ち込めば経費は激減。いよいよ自腹を切らなければならないわけだが、すると当然安い店にいく。人は西通りや大名に移動していったという話だ。

そしてこの西通りと大名と言うのが女性向けの店が多い。やはり男は女性の多い場所に行きたがるもんだ。それを煙たがる連中もいたようだ。もともと大名界隈で遊んでいた若者だ。アパレル系が幅を利かせていた大名にサラリーマンが流れてくるのだから雰囲気もかなり変わった。10年前、俺もアパレルで働いていたため、その街の転換期のようなものをなんとなく肌で感じることができた。今ではサラリーマン向けの居酒屋が増えては消える程に建ち並んだ。紺屋町通りを境に赤坂側は少々単価の高い中年の向けの居酒屋が多く、天神寄りになると安価な店に学生であろう身分の子たちが行列を作っている。

 このように天神界隈はトレンドスポットの移り変わりが早く、店側も求められるニーズに応えるのは至難だろう。事実、ちょっとよそ見をするといつの間にかなくなっている店も多い。

 

俺も29歳。先輩方からすれば若者に違いないが、もう中堅の歳だ。

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少々単価の高い赤坂側の店で寿司を食べられるくらいには“大人”だ

美味しいものは糖と脂でできている。反省。